育ての母、亡くなる。

21日(火)の午後、スプレー缶を使用中

火が引火してしまい火ダルマを経験し

両腕をやけどした・・・と思ったら

22日(水)の夜、自宅から10分のところにある

実家の母から

「祖母がトイレの中で死んでいた!」

「警察の扱いになって署に運ばれた!!」

と言われ、警察に遺体を引き取りに行きました。


兄と私は大半を祖母に育てられたので

「祖母」といっても普通の人からすれば

完全に「母」の存在です。


25日(土)が友引で火葬場がお休みのため

とても急でしたが、23日(木)にお通夜

24日(金)に火葬場へ送りました。


祖母は元から超堅実な人でしたが

さらに年金未加入だった母の為に

お金を1円でも多く残そうしていたので

葬式屋さんの誘惑にものらず

超シビアに細々とやりました。


大正生まれですが、仏教も何も特に信じず

祖父の法要も1年後のみにした人なので

大好きだった自宅で安置して

お坊さんは呼ばず

ごく身内の親戚にだけ連絡して来てもらい

あとは母と、私たち孫、そしてひ孫が

2日間祖母を囲んで過ごしました。


私は全然なっていない問題児の孫だったし

脳腫瘍やがんではしななかったものの

がんの闘病以来はなんだか不調・・・

という日を過ごしていたので

祖母が家に来て欲しいと言われたのも

断ったことが幾度もありました。


1,2週間前も要件がよくわからない

電話が祖母からかかってきたけれど

実家に会いには行きませんでした。


ありがちだけど・・・

祖父が亡くなった時にも思ったけど・・・

後悔は尽きません。



母は今となっては実家に住んでいるけれど

私の感覚からすれば

あの家はやっぱり祖父と祖母

そして兄と私の家で

兄は現在大阪に住んでいるので

祖父が亡くなり、今回祖母が亡くなったことで

あの家はなんだか終わったな~

という気がします。


そして、43でいうのもなんなんですが

「あ~これで私は大人としてしっかりと

生きていかなきゃならないな・・・。」

と、不思議なことに思いました。


今まで成人式の時も

短大を卒業した時も

結婚した時も、出産した時も

そういうふうに思ったことがなかったので

なんだか不思議な感覚です。


一軒家から1人自立、また1人が自立

そして1人亡くなり、また1人が亡くなり

母が1人残るかたちとなりました。

祖母と仲が悪く、口をきかなかったとはいえ

今度は一軒家にとにかく1人きりの状態です。


よく考えてみたら母は1人暮らしの経験はなく

そして今、腰がかなり悪い状態で

杖をついた生活をしているので

やっぱり家屋のこと

近い将来のことを

考えなきゃならなそうです。



呆けること、寝たきりになることを

絶対に嫌!!!と言っていたので

トイレとはいえ、自宅で

いわゆるポックリ亡くなることができて

良かったんじゃないかと思います。


ばあちゃんは93才、死因は心不全でした。